2017/09/21

「地味にスゴい 校閲ガール」ファッション雑誌の生き残り戦争。あなたの仕事 は、物を売る仕事?夢を売る仕事?




どうも、アートリサーチャーさくらこです。

昨日スペシャル放送された、「地味にスゴい 校閲ガール」

憧れのファッション雑誌「LASSY」の編集者を目指して出版社に入社したものの、配属されたのは校閲部だったお洒落アラサーの奮闘ドラマ


スペシャルでは、日本版「プラダの悪魔」な世界観になってましたね!

LASSY編集者となった「えつこ」が、新しい編集長(とにかく雑誌の売上立て直しが目的)と、やり合う様が最高に面白く描かれています。


ドラマは、ファッション的も見ごたえあるし、恋のあれこれも勉強になるんですが(笑)

今日は、ファッションから学ぶマーケティングについて私なりに考えてみます!


これから社会人になるみんな、すでに社会人のみんな。

7月から新商品企画開発課に異動になって、1からマーケティングについて勉強している「アートリサーチャー」さくらこ(笑)に着いてきてね!



アパレル販売員の皆さん。あなたの仕事は、なんですか?


私の母は、百貨店の婦人服売り場たたき上げの販売員です。
(横浜そごうで、何回も売上目標達成の鐘を鳴らした伝説のシスターズの妹w

そんな母が、新卒一発目に先輩にされた質問。


「販売員の皆さん。あなた方は何を売りますか?」


「お客様にとって最高の1着を売ります。」
「ここでしか買えない服を売ります。」

などの答えが並ぶ中、母が言った言葉は

「私は、私を売ることが仕事です。」

と、答えたそう!


母の武勇伝を聞くたびに、思います。


自分が何を売っているのか意識のレベルが違うだけで、
販売のパフォーマンスは大きく変わるんだなぁと。



「製品志向」と「市場志向」生き残るのはどっち?!


洋服を売る販売員と、自分を売る販売員。

言葉の受け取り方によっては、後者は何様なんだ(笑)と思うかもしれませんね。

これを、マーケティングの考えに置き換えてみます。

「洋服を売る販売員」は、製品に重きを置いた「製品志向」

「自分を売る販売員」は、目の前の製品を売るのではなく
「自分」という付加価値を売る「お客様に提供する価値」に重きを置いた「市場志向」

となります。


ここまで書くと、なんとなく「市場志向」の方が生き残るんだなって考えているあなた。

その通りよ!(ウィンク)


例えば、アメリカの鉄道業界。
昔は鉄道が移動手段として主流だったけど、今のアメリカは鉄道事業が発展していません。

飛行機とかタクシーがメインよね。
ウーバーの勢いもすごい。


どうしてアメリカでは鉄道が発展しなかったと思いますか?


それは、鉄道会社が自分たちの事業を「輸送事業」ではなく「鉄道事業」と考え、
お客さまが飛行機や車を使うようになっても「自分たちは鉄道事業だから関係ない」という態度を貫いたためなんです。


製品志向に陥ってしまうと、気が付かない間に社会の流れ(市場)に乗り遅れてしまいます。


自分の売り(付加価値)は、一時のものかもしれない。



自分を売る販売員は、ただ洋服を売る販売員よりも多くのことを気にかけているでしょう。


例えば、店頭での立ち居振る舞い。

お客様に向ける笑顔、お客様の反応の受け止め方ひとつにしても、
「自分から洋服を買ってもらう」ための努力があります。


洋服を売ることに重点を置いていると、その販売員から買うメリットは全くありません。


店頭に来る積極的なお客様は、スタイリングのアドバイスが欲しかったり、
最新のコレクションのポイントが聞きたかったり、
販売員とのコミュニケーションを前提にあります。


じゃあ、私も今日から「商品」にこだわるんじゃなくて、
自分だけの付加価値を探っていこう!と先走って思っちゃったのが、
マーケティング初心者の私でした。

ここでもう一つ、気をつけないといけないことがあります。

自分の売り、自分しか提供できない付加価値は、時代の流れによって付加価値ではなくなっている!という現実。


例えば、化粧品メーカー。

A化粧品会社は、自分たちの事業を「化粧品製造販売業」と考え、

B化粧品会社は、自分たちの事業を「ライフスタイルと自己表現、そして夢を売ること」と定義しています。


A化粧品会社が「製品志向」、B化粧品会社は「市場志向」です。


将来、技術革新が起こり、化粧品よりも効果的な美容方法が生まれるかもしれない。
その時に生き残るのは、どちらでしょうか。

自社を「化粧品製造販売業」と考えず、
「ライフスタイルと自己表現、そして夢を売ること」と考えたB化粧品会社の方が、絶対に事業の広がりがあります。


今は、あなたの販売スキルに自信があって、
あなたにしか無い付加価値かもしれないものが、
もしかしたら数年したら周りの販売員みんなが持っているものになっているかもしれない。


すると「自分を売る」という付加価値の市場志向も、時代とともに「製品志向」の範囲に飲み込まれていきます。


これは、技術や人材が育っているという良い現象でもあるんだけどね。。。

ですから、いつまでも同じ付加価値を提供し続けてはいけないということです。

点検することが大切。

これをマーケティングでは、PDCAを回す」と言います。
Plan 計画
Do 実行
Check 点検
Act 改善

これを繰り返して、レベルアップを図るのみです。


販売員の注意すべきライバルは、同じフロアの隣のブランド販売員ではなくて、

オンラインショップサービスやAI(人工知能)です。


あなたの仕事は、物を売る仕事?夢を売る仕事?


さて、先ほどの化粧品会社のお話です。

「ライフスタイルと自己表現、そして夢を売ること」と考えることで彼らは、
将来出てくるであろう化粧品に変わる技術革新は敵ではないのね。

むしろ自分たちの脅威としてではなく、
お客さまに「より高付加価値」のサービスを提供できるチャンス、
結果的に、自社を発展させられるチャンスと捉え流でしょう。


さぁ、「自分を売る」といったアパレル販売員の母は、
今はどんな気持ちで父のステンドグラスの作品の販売をしているのでしょう。


「ママの仕事は、斜森博行の作品を売るのと同時に、作品がある生活という夢を売る仕事よ。」

と答えてくれました。(はなまる100点!)


「地味にスゴい 校閲ガール」のドラマ内で描かれた
ファッション雑誌の生き残り戦争の中で、
「紙媒体からウェブ媒体に移行する!」と宣言した編集長に対して、
雑誌の良さを熱く語るえつこは言います。


「(ウェブページに掲載されている服がワンクリックで買えるシステム)確かに、便利さは大切です。
でも、憧れの商品を何度も見返して、自分が身につけているところを想像して、やっぱり諦められなくて、お店に見に行って手に取った時の感動、試着した時の高揚感。私は、Lassyはそういうものを提供する雑誌だと思います。」

(感涙)

この考え方は、雑誌以外のどんな商品、ビジネスにも言える
「市場志向」の大切な意見です。


サードウェーブの波に押され気味で、
「上質なコーヒー、良い空間、フレンドリーな接客」では差別化ができなくなったスターバックスコーヒーが
新たに取り組みを始めた事業が「スターバックスカードのポイント制度」導入です。


ポイント貯めたら、コーヒー豆とか好きな商品とも交換できるんだって!
しかも、使えば使うほどグレードが上がる仕組み!(楽天ポイントと同じ)


スタバが提示してきた付加価値の部分は、
もはやコーヒー業界のスタンダードになりつつあります。

スタバが作り上げたブランド価値を維持しつつ、
スターバックスにしか体現できない事業を切り開いていく勇気が見えます。




さいごに



数ヶ月、ブログ更新を中止していました。

冒頭にも書いたように、所属する部署が変わり、
1からマーケティングを学ぶ日々で、頭はパンク状態。

そのため、しばらくの間は自分の優先順位が変わったんですね。


しかし、ここ数ヶ月でマーケティングを学ぶ楽しさを知り、
少しずつコレを私らしくアウトプットしていく準備が整ったところでございます!


これからは、アートやファッション、生き方を提示する軸に、
みんなの役に立つマーケティング情報も混ぜていこうと思ってます。


今日参考にした本はこちら


めちゃめちゃ面白い!

 ここまで読んでくれたあなた、ありがとう。
このブログは、あなたの明日が今日よりも少し幸せになって頂くために書き続けます。

 peace
by アートリサーチャーさくらこ

2017/05/31

【新コーナー】私が興奮した身近な人シリーズ モデル「祥太郎」から学んだ生き方


どうも、アートリサーチャーさくらこです。

「祥太郎」との出会いは2015年の11月でした。

私がよく行く古着屋 via bridge の常連友達の葵くんの親友が「祥太郎」です。

会う前から、葵くんや店主の野口さんから「祥太郎は本当にいい奴だ。」

「モデルとしてのポテンシャルがある」など聞いていたんだけど、会ってみたら本当にその話のまんま。

最高にいい奴でした。

でも、2015年の11月時点では、祥太郎はまだモデルの祥太郎ではなく普通の大学生。

「将来モデルになりたいんです。もう今年(当時大学3年生)中に事務所にも入って仕事始めないと、モデル人生のタイムリミットだと思っているんです。」

そう切実に語ってくれた祥太郎は、そのたった1年と半年後の2017年5月にはイタリアのモデル事務所と契約を結びました。

正直、本当に嬉しくて興奮した。

今日は「祥太郎」の紹介と、彼の生き様から私が学んだことを書きます。




誰だって悩む。悩んでいることを隠すのではなく、正直に打ち明ければ助力者は現れる。


祥太郎を紹介してくれたのは、先ほども名前が出た古着屋常連友達の葵くんです。

そもそも葵くんがなぜ私に祥太郎を紹介してくれたかというと、

「さくらこさん、ぜひ会ってほしい奴がいるんです。そいつ、モデル目指しているんですけど、モデルできるだけの素質もあるんですけど、アピール方法というか上手くやり方が掴めてないんです。さくらこさん、プレゼンしたり表現するの得意じゃないですか?あと、どうしたら良いのか話聞いてあげてください。」


といった感じの私の「プレゼンテーション力」を葵くんは察知して、祥太郎の紹介に至った。

正直なところ、モデルを目指している子は山ほどいるし、周りがどれだけ言ったって結局は本人の努力次第。


多くの人が、モデル人生という名の山登りをスタートする前の準備段階で諦めてしまう。

だけど、葵くんがこんな風に話すのなら(野口さんも褒めるし)私こそ会ってみたいと感じていました。


そしていざ喫茶店でお茶が始まったと同時に、すでに祥太郎はビジネスモードだったことに一瞬にして私の心構えができたことを覚えてる。

(あ、この子は真剣なんだ。私も真剣に誠実に向き合わなきゃ。)そんな感じです。


祥太郎は、ビジョンは明確でもその島に到達するための方法が分からずにもがいていました。

私もプロじゃないし、畑も違う業界で働いているけど、「自分を知ってもらう方法」「自分をプレゼンテーションする方法」には共通点があるので、そこをとことん話しました。


今振り返ると、3人で語ったあの一時はいい意味で重かった。それは、祥太郎が作り出した空気が「真剣」だったからだと思う。

悩んでいることを打ち明けるとき、私の場合は(どう思われるだろう)(こんな自分は恥ずかしい。知られたくない。)というつぶやきがよく出てきます。

でも、祥太郎は「本気でモデルを目指している」からこそ、恥なんてプライドは捨てて私に正面から話してくれました。

きっと、その時点で祥太郎はプロのコレクションモデルになるだけの度胸と勇気、そして腹を括れるだけの決断をしていたんだろうね。


有言実行ほど自分を追い込む術はない。誰と戦っているのか、それは紛れもなく自分。


ここからは、私がモデル「祥太郎」から学んだことを言語化して自分のために書き残しておくような感じです。


祥太郎は、努力の人。

特に日本のモデル事務所(Image modelsという藤島リラ・松岡モナ・森星etcが所属している)に入ってからは、体調管理や美容など普通のメンズでは持たない知識をつけながら「自分が商品だ」というプロ意識でめっちゃ頑張ってた。

だけど、祥太郎だって人間だもの。スランプとまでは言わないかもしれないけど、やはり停滞していた時期もあったのも事実。

で、そこからの巻き返し力が、すごいと思ったの。


正直、自分の中の甘い自分(煩悩だね)を乗り越えることは、そう簡単にはできない。

だって今までの人生、無自覚に繰り返してきた生き方(自分の煩悩)を知るということ自体が難しいじゃないですか。

この世には「慣性力」が働いている。
どんなに決意をしても気がついたらマンネリ化して元の自分に戻ってしまことは誰にでも経験があると思う。


しかし、今のモデル「祥太郎」がいるのは、そうした部分を乗り越えたから。自分と戦うことを止めずに、今の苦しさや楽よりも「未来」のビジョンに向かい続けた結果です。


私に足りないのは、そこかな。どんなにビジョンを明確に描いても、目の前の努力が面倒でやりたくないから、誰か代わりにやってくれる人を探す。

自分の人生なのに、誰かがなんとかフォローしてくれる。という努力した上で現れる「助力者」を最初からあてにして、現れたら依存するっていう流れをずっと繰り返してきた。


最初の段落で書いた通り、自分が本心から語れるだけの決意と誠実さは、本当の助力者を引き寄せるし、関わる人たちにも影響して真剣にさせることができる。

私も、今の自分の楽を選び取るのはもうやめて、未来の自分に向かって現実を見つめる時がきたのかもしれない。


モデル「祥太郎」から学んだ生き方 それは、「目指すならエベレスト」「自分の夢は永遠に見るものではなく、期限を決める」


最初から海外のコレクションモデルを目指している祥太郎は、すでにスタートの方法がそこらへんの読モ・ストリートスナップ上がりのモデルたちとは違っていたことに、今更ながら気がつきました。

時間がないんです。

とにかく、世界の市場で自分を売り込むとなるとモデルは23歳、24歳がデットラインじゃないですかね。実際に14歳からプロとして歩くモデルもいます。

日本人は多少童顔だから、少し猶予があるのかもしれませんが、若さなんてひと時のもの。
でも、そのひと時をストリートで過ごすのか、日本の紙面で過ごすのか、世界のキャットストリートで過ごすのか、トップブランドの広告で使われるのかは、タイミング次第です。

ぜひ、このブログを読んでいる若い読者の皆さんにお伝えしたのは、自分の素質に自信を持っているのならば今すぐに行動して欲しい、ということです。

生意気なこと言って、自分の人生の旬を逃さないよう、その業界のプロたちに認めてもらえるようしがみつきましょう。

人間いつ死ぬかわかりません、私自身にも言い聞かせているのですが「どんな時も、今日が未完の人生の頂(いただき)となるように選択し行動する」という言葉を残します。


さいごに


最近、時間に背中を押されていて、気がついたら(あぁ、また今日がやってきた。)と落ち込んでいたというか、自分に嫌気がさしている時に祥太郎のイタリアモデル事務所の話を聞きました。


そのおかげで、気持ちにもう一度アクセルをかけることが出来、この興奮する気持ちや奮い立ったことを残しておきたくてブログ記事にしたのです。

そう思うと、私の周りには弱っている私を奮い立たせてくれる仲間がたくさんいます。

葵くん、祥太郎ありがとう。

(二人を撮影した写真がたくさん乗っている記事がこちら)

オススメ画像加工アプリ『フィルター編』& 誰トク?川越のdope撮影スポット



ということで、今後も私の友人や身近な人をシリーズを通して紹介していきます。


ここまで読んでくれたあなた、ありがとう。
このブログは、あなたの明日が今日よりも少し幸せになって頂くために書き続けます。

thanks and peace
by アートリサーチャーさくらこ




2017/04/25

東京ファッションウィークに参加しなかった理由 誰にでもありますか?ファッションと距離をとりたい時期「ファッション冬眠」






どうも、アートリサーチャーさくらこです。 

ファッション冬眠
【意味】普段ファッションニュースやファッションに関するあれこれが大好きな人が、いきなり「ファッションなんてどうでもいい」と思い、抜け殻のような状態になること。他人の服装は目についても、自分のファッションにあまり力を入れることが出来なくなる。 

ファッション冬眠になる原因は、セールで大量に買って一瞬物欲が満たされたにもかかわらず、来シーズン物の買い物もして、クレジットカードの支払額が自分の身の丈以上になったとき(いわゆる※デスマンス)により、精神的余裕が無くなるためだと言われている。 

Byアートリサーチャーさくらこ 



3月、東京でファッションウィークがありました。

こちらのブログを読んでくださるファッションピーポーの方々は、東京ブランドもチェックされたり、実際にショーに行かれたのでしょうか。
 昨年の10月開催期には丁度入院していたので参加できず、清水文太にレポートを頼んでいたので、今回は自分の目で見てレポートしよう。と思っていたのですが 前シーズン、記事消されたり色々素人目線で書いたことが原因なのか、インビテーション(招待状)が3通しか来ませんでした(笑)

 消された記事 東コレ3日目 ファッション川柳&正直な感想、東コレは4大コレに並ぶのはおよしなさい。という話し

 普段はOLのわたしですから、会社を休んで(もちろん有休つかって)ってなると、今回はそこまでして行く一歩が出ませんでした。 

その時(あれ?私って何のためにコレクションに行こうとしてたのかな?)と我に返ったんです。 

今日は、別に業界人でもないし、コレクションの洋服をプロパーで買えるほどの富裕層でもない、典型的な「食を削って衣にそそぐ」わたしの立場で、トウコレについてとファッション冬眠について書きます。



 一般人(笑)な雰囲気のトウコレ でも、これが現実 


世界の4大コレクションがピラミッドの頂点にいて、韓国、ウクライナ、ドイツなど様々な国のファッションウィークが続いています。 
昨年の春に、初めて東京ファッションウィークに行ってみて、一般人と業界人の線引きや、一般人とは違う業界人の人が放っている「私は業界人です」オーラに若干ひよった事実。

私はブロガーとして業界人側で参加していたのですが、そこにいる自分を誇らしげに感じる一方、どこかで違和感を感じていました。 

って、そもそもファッションウィークは何のために始まったんでしょうか。
一般人も客席数埋めるためにドヤドヤ招くトウコレに若干の疑問を感じながら、スカッてるヒカリエホールA。 
若きデザイナー達が、自分のブランドを知ってもらう場のショー。オリンピックやコンテストみたいに、参加するまで戦い抜いていくというよりも、正直…お金とコネがあれば参加できるショー。(ごにょごにょ…それも才能かもしれない。) 

世間にアピールするというよりも、業界人にアピールすることで、ブランドを軌道に乗せていく。そのためのショーだと思うんです。 

だから一般人が若干浮いてしまうのも、当たり前。服飾学生でもない私が行っていること自体、お門違いだったのでしょうか… 


 しかし、トウコレも変わりつつあります。
海外のように業界人と一部のファッションピーポーが参加する形式ではなく、ストリートを巻き込んで他業界を巻き込んでファッション好き以外にも開かれたショーを展開するブランドも多くなりました。 

いつまで経っても渋谷ヒカリエに拘ってしまっては、世界からは注目されない「諸国扱い」だと思いませんか。 



 オリンピックはコンパクトに、トウコレはストリートに?  


そもそもトウキョウという小さな町で、渋谷ヒカエリでショーをやる意味があるんでしょうか。 
渋谷ヒカリエのホールAでショーを開くことがステータスになっているなら、それはそれだけど。

ヒカリエで開催することがカッコ悪いわけではなく、ヒカリエで開催するなら「ホールで開催する意味」を感じるショーになっているかどうか、だと思うんです。 
ただストリートでショーを開催すればカッコいいわけではなく、「ストリートで開催する意味」が見えるショーになっているかどうか、だと思うんです。 

東京オリンピックはコンパクトが売りですが、東京ファッションウィークはオン・ザ・ストリート、アウト・ヒカリエでも良いんではないでしょうか。 

もしパリに、ニューヨークに、ミラノに、ロンドンに進出することを考えているブランドならば、現地には決まったハコは無いのでとことん自分のブランドコンセプトにあった場所でショーを開催する練習をぜひ東京でもやってほしいですし、今の時代 消費者にダイレクトに発信し、消費者が消費者同士で拡散しあってくれるので、バンバン時代に乗ってほしいです。 

業界人だけのショーであっても、シャネルみたいなぶっ飛びロケット作戦などして頂いて、消費者までの情報伝達スピードを上げ、ブランド力を再アピールするのもマネジメントですね。 

 うん、全く業界人じゃないですけど、私が今スタートアップしたブランドの広報やマーケ、広告、ブランディングを担っていたら(例えばデビュー2年目のチャヌのブランド)、渋谷のスクランブル交差点をキャットウォークで歩いて、スタバ上の掲示板で映像を映し出したい!服も見れるようにね! 

ACUOD by CHANUはストリート感と、若者の勢いが売りみたいなところもあるし、渋谷がイメージにピッタリ合うと思う。


妄想はここまでにしておこう。(月1更新だと、言いたいことあり過ぎるのw) 



ファッション冬眠期を経て、私1年間のミニマリスト宣言します 


さて、冒頭で紹介した「ファッション冬眠」という言葉。もちろん私の作った造語ですが、この言葉を思いついた時、ここ最近の自分のどよーんとした気持ちが、少し楽になりました。 

というのも、最近自分の内側を見つめる機会があり、私はもともと、「ナメられたくない」「負けたくない」という、自分と他人を比較して、無自覚に関わる人を尊敬できる人か自分より下なのか、さくらこワールドでマウンティングしていたことが分かりました。 

本当にごめんないさい、無自覚で自分がこんなヒドいことを繰り返していたと発見した時は、自分自身にショックだったし大反省しました。

その発見と同時に、自分が洋服を買う行動の動機も見つかりました。


それは「買う」という行為への依存、刹那的な気休めのためです。

不必要なものは買っていないけれど、死ぬほど必要ではないもの。ちょくちょく買いなんかが、まさにそれでした。

必要最低限の所有物で生きるというイタリアの宣教師フランチェスコ(フランシスコ・サビエルの名前の由来になった人)が大好きなんですけど…

ニューヨークで活動されている「ロン毛と坊主とニューヨーク」の、ロン毛さんがファッション系の仕事でお洋服もたくさん所有していたのに、断捨離に成功し半分ミニマリストみたいな生活を送ってらっしゃるブログを読んで、私も(一回手放そう)と思いました。


というのも、食を削って服に投資することが弟との同居生活で難しくなり(ご飯を弟が作ってくれる)
母親に「フランチェスコみたいに、手放しなさい。そうしたら楽になるし、悔しかったら今度は現金で一括で買うぞ!って思って頑張りなさい。」と言われたのです。


身の丈に合う金額で身の丈以上の買い物をする、というポリシーでしたが買い物の回数が多くて結局身の丈以上の買い物をしていました。


なので、まず1年かけてミニマリズムに従って買い物は控え、手持ちの洋服も必要なもの以外は一旦売りに出します。

ユニクロのものは、リサイクルBoxに持っていきます。

トップ画のスタッフコートも一度売ります。


さいごに


他人と比較する中で生きる内は、いつまでも心に安らぎは無いということも知りました。自分の中で、比較してしまうことが当たり前だったので、そこを頑張って留めて気持ちを解放できることを目指します。

最近、真剣に禅定(マインドフルネス)に取り組もうかと。お金のかからないものから始めます(笑)


ていうか、この記事書いてた頃の自分が、全く刻印されていないと反省した。

自分のためにも、もう一度読み直します(笑)

2016/07/20

服バカのわたしが、3ヶ月の断服を経て感じた3つのこと 



ここまで読んでくれたあなた、ありがとう。
このブログは、あなたの明日が今日よりも少し幸せになって頂くために書き続けます。

thanks and peace
by アートリサーチャーさくらこ

前衛芸術家 草間彌生 わが永遠の魂 に行って。作品を前に「入魂」という言葉を実体験した不思議な話





どうも、アートリサーチャーさくらこです。

今東京では話題の、前衛芸術家 草間彌生の個展 「我が永遠の魂」を観に国立新美術館に行ってきました。

私が草間さんの個展に行くのは2回目。
1回目は2013年、大分県立美術館で「永遠の永遠の永遠」を観に行ったのですが、その時は「きゃ~!本物の作品だわ~!」って舞い上がりとにかく楽しかった!っていう思い出。

その時の感覚で今回観に行きましたら…自分でも驚くちょっとスピリチュアル的な体験を2つしてしまいました。


周りの知り合いにも似た感想を言っている人がいたので、行った人が読めばスッキリ、これから行く人には、当日より感動が深まるように頑張って書かせていただきます。

※作品の展示順や内容に一部触れています。


体験1:「ごあいさつ」の文面から流れ込んだ草間彌生の生き様と魂願に鳥肌が立つ

会場に入ってすぐ、超大作の富士の絵を見ることが出来ますが、その横に日本語と英語で「ごあいさつ」があります。

この「ごあいさつ」、皆さんは読んでいらっしゃいますか。

生きている作家にとって「ごあいさつ」文というのは、お客様にどのような視点で作品を見てほしいのか、唯一私たち(観覧側)に共通認識を持たせることが出来るものです。

作品は見る人によって受け止めが違いますが、文字は自分の気持ちを伝えるのでほぼ伝わるでしょう。


草間さんの「ごあいさつ」では、芸術家として自分が生かされて肉体のある限り作品を生み出していかなくてはならないという使命感と、自分は今の時代に芸術を通して何を伝えるのか、自分が死んだあと何を残したいのか、ということが語られています。

その文章から伝わる前衛芸術家「草間彌生」としての人生を前に、私の未熟な心は揺さぶられ鳥肌が立ちました。


(この人は「魂は永遠」であると知っている。しかその一方で、肉体には限りがあることも受け止めている。この限りある「草間彌生」という人間の人生を、常に限界に挑戦して使命を生き抜こうとしている。)


読み進めながら鳥肌が立ち、読み進めながら人間とは何のために生まれてきたのか考えさせられる。

それだけで十分に衝撃だったのですが、私が一番魂に響いたのは

「芸術の創造とは孤高の営みだ」

というメッセージです。

実は、最近色んな宗教の勉強をしていて(笑)(外国人と出会うたびに、宗教的価値観の違いというもの感じていたので、相手を理解するために勉強しています。)

丁度最近は仏教ゾーンだったので、この「孤高」という言葉に私のセンサーが反応しました!


孤高という言葉は、阿羅漢の姿が語源という説があります。
阿羅漢(羅漢)は、自分を高める事を志し、煩悩を脱することに勤めていた聖者です。最近では、村上隆が五百羅漢展で描きましたね。

草間さんが今まで自分が芸術で生きてきたことは「孤高の営み」だったと、そしてこれから死ぬまで、そして死んだあとの世界にどのように影響を残すか探究しながらの芸術活動も、「孤高の営み」なのだと受け取り、頭が上がらず本当に感動し涙が出ました。

これから行かれるみなさん、ぜひ一文、一文噛みしめながら読んでいただくと、その後の作品の受け止め方が変わると思います。



体験2:「わが永遠の魂」シリーズの前で、永遠ではない肉体の人生の終わりを感じ泣く


上記の「ごあいさつ」を読んで、実際に「わが永遠の魂」シリーズを前にすると、今目の前にある作品は草間さんが命を削って永遠の魂を伝えている物凄い宇宙規模の聖書、経文のように感じました。

2009年からスタートしたこのシリーズは、ほぼ 彌生ばあちゃん になってからの作品です。
弟子を多く使い多くの人の手が加わって一つの作品を作る村上隆の制作過程とは違って、草間彌生は一人でひとつの作品を制作しています。

こんな大きなキャンバスに、あのおばあちゃんが一筆一筆に魂込めて描いているかと思うと、若い自分は肉体の自由も人生の時間ももっと可能性があるはずなのに、何をやっているんだと考えさせられました。

同時に、命を削って作品を生み出すとはまさにこのことだと圧倒され、泣いてしまう。絵から放たれる、「魂とは永遠なのだ!」という強いメッセージ。


魂は永遠でも、肉体にはタイムリミットがあるという考えを持って生きている人がどれほどいるでしょうか。

私たちは生かされていると感じている人がどれほどいるでしょうか。

人間、肉体をもってこそなせることがあります。それがいわゆる、「生まれてきた理由」「なんのために生きるのか」に通じるのだと思いますが、草間彌生という人は今命が尽きるまで、自分のミッションワークに尽くしていると感動しました。


それと同時に、私は先月自ら命を絶ったレンハンを思い出して苦しくなりました。このように生き続けてほしかった。本当に自分の好きな作品を生み出し続けてほしかったと思うのですが、それは叶わない願望です。


芸術とは喜びやエネルギーを湧き起こすものだと認識していたのですが、草間彌生の作品を見て「命を削る勢い」「人間いつかは死ぬ」という現実を叩きつけられて、重くなってしまい放心状態。
彌生ばあちゃんは肉体は衰えつつあっても、エネルギーは凄まじく私はその前に怯んでしまったんですね。


「永遠の永遠の永遠」の時には、目で見るアートとして楽しんでいたのですが、「わが永遠の魂」シリーズは、目で見るアートではなく魂で感じるアートで肉体(思考)が追いつかず疲れるって感じでした。

草間彌生さんが、永遠の「いのち」ではなく、永遠の「魂」と言い切っているあたりが私たち作品を見る側に求められる第三の視点だと思います。




さいごに


草間彌生のような、世界を舞台に活躍している人を見ると、あなたはどのように感じますか?

私も有名になりたい!影響を与えたい!と思う方
へぇ~、すご~い。と思う方
こんなの一部の人だけ、自分とは住む世界が違う、と思う方
自分は何をやっているんだ、と思う方


様々だと思うんです。

例えば明治維新のときは、坂本龍馬が発心し、薩長の同盟を結び、日本を変えていきました。
たった一人の青年の未来予想図が、日本の国を変えました。


しかし、今の時代これからの時代、私たちは何でもできます。

この「できる環境」というのは実は恐ろしく「できそうな環境」というハードル低めのゆとり基準にすり替わりがちです。

どんなに「できる環境」であっても、行動しなければできません。受け身であっては、人に影響を与えることはできません。

サッカー選手の本田のように有言実行するならまだしも、何も行動を起こさずに夢ばかり語っているうちは、何も起こりません。誰も相手にしません。

最近、ますます活躍している清水文太。

清水文太-Buntaさん(@bunta.r)がシェアした投稿 -


彼は10代の内から、様々な大人に出会い、失敗も成功も含めて経験を積んできたと思います。
経験は財産です。

そのプロ意識たるや、本当に尊敬します。

 
将来の青写真が描けない人は、まず目の前の仕事に一生懸命になる。
将来の青写真が描けている人は、計画立てて即実行。

わたしも、自分の青写真に向かって命を削って生き抜きます。



ここまで読んでくれたあなた、ありがとう。
このブログは、あなたの明日が今日よりも少し幸せになって頂くために書き続けます。

 peace
by アートリサーチャーさくらこ